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単騎独考

私は錆びた鉈のように鈍く生き、よく使い切った歯磨き粉のチューブのように死にたい。

映画の器

買い物の運転手をして自宅に戻る。

 

フッテージを最初から最後まで確認する。

 

流れとしてはこういうものだろうと思う。

 

暴力的に20分削れとか言われたら、あそこ削って、ここ削って、と対応はできるけれど、映画館に足を運んでもらう尺を考えると今ぐらいではないかと思う。

 

今やっている作業は、「削って、削って、削って、その上で、全部入れる」である。

 

この二律背反を同時に成り立たせるためには弁証法的展開をさせなければならない。

 

いつの時も、この「止揚」は苦しいものだ。

 

幾つかの作業が残っているが、大切なのは「人間っていうのはな・・」と人間を一突きに仕留められるか、その前段をどう作るか。

 

結局、その深さ、普遍性がこの映画の器になる。