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単騎独考

私は錆びた鉈のように鈍く生き、よく使い切った歯磨き粉のチューブのように死にたい。

映画作りのディシプリンと僕のチンチン

Discipline is any training intended to produce a specific character or pattern of behaviour.

 

 

Discipline (disambiguation) - Wikipedia

 

とある。

 

私は映画作りを勉強してこなかった。

 

映画を学ぶこともしなかった。

 

それどころか、沢山の映画を見てきたわけでもない。

 

映画の好きな人は私の10倍は見るだろう。

 

私の映画作りへのアプローチはこの映画作りへのディシプリンを考え詰めることだった。

 

そのディシプリンを学ぶ素晴らしい機会に恵まれた。

 

日本はこのディシプリンを教えない、そもそも考えない。

 

そして、師匠は自分の作品を見せ、「これが素晴らしい作品だ、これから学べ」というスタイルのような気がする。

 

学生時代に外国人を案内しつつ、英語でジョークを話していた。

 

そのジョークの一つを思い出した。

 

小学一年生の男の子が、学校で落ち込んでいる。

 

友人は、心配そうに「どうしたの?」と話しかける。

 

男の子は話し始める。

 

「昨日の夜、遊びに来たおじさんが、自分のチンチンを見せて、『完璧なチンチン』とはこれだ、と話してくれたんだ」

 

「それで?」

 

「僕のチンチンは大きすぎるんだ」

 

このジョークに私の知っている日本の映画教育の全てがあるような気がしている。

 

ハリウッドが手強いのはこの両方をやるからだ。

 

日本の教育の特徴は古来、このディシプリンがないのが特徴なのだけれど、映画作りに限らず、ここにイノベーションの鍵があると思う。