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単騎独考

私は錆びた鉈のように鈍く生き、よく使い切った歯磨き粉のチューブのように死にたい。

地味な成果かもしれない

ドキュメンタリー編集メモ 日々を生きる

土曜日は久しぶりに地元の映画館 にいった。

京都にはそれほどアートハウス系の映画館がない。結構地味である。

二年もかけて編集しているドキュメンタリーは一層地味な成果しか生み出さないかもしれない。

私も早く公開できるものならしたい。

そういう強い理由もある。

では何故に二年もかけて編集しているのかと言えば、それは責任の問題である。

ここまで責任がなければ、こんなに粘らない。

地味な成果かもしれないが、この責任からは逃れられない。