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単騎独考

私は錆びた鉈のように鈍く生き、よく使い切った歯磨き粉のチューブのように死にたい。

原稿を書こう、映画を作ろう、真実の瞬間

ドキュメンタリー編集メモ 日々を生きる 出版企画A

3時間半ほどバックデート気味であるが、原稿を5.6枚書いた。

ハリウッドの監督の作品を「見てくれ」と言われ、リンクを送ってくれたので、見た。

綺麗に丁寧に作るなあと感心した。

ビジュアルで、サービスカットあり、展開もよく、勉強になった。

映画祭で知り合った映画監督だが、人柄通りの作り方だなと思った。

映画というのは、作ればどこかで誰かにとっては、必ず僭越なことになる。

アメリカで映画を作るというのは、大変だなと思う。

泥棒をアフリカ系にすると、アフリカ系を悪者扱いすると文句言われ、ユダヤ人にすると反ユダヤ主義と言われ、中国人にすると日本人は中国人を嫌いなのか、と言われてしまう。一体、どうしたらいいのだろうか。

小説の第2話も48.7枚書いた。これは小説として面白い読み物にしたい。

それから、日本のためになる映画らしい映画にしたい。劇映画まで走っていく。

そんなことを考えているとヨーロッパの映画関係者が、このドキュメンタリーの編集者に外国人の視点を確保するため、外国人を入れられるか? Distibutorは決まっているか? Prebuyできるか?と単刀直入に聞いてくれた。外国人の視点を確保するため、外国人を入れるのは望むところだ、だからフィードバックを求めたのだと応じた。

一年かけて、再編集してやっと初めて映画に値段がつく兆候が出てきた。真実の瞬間である。

一ヶ月かけて自力で字幕をつけたことで、少し展開し始めた。

言いたいことを変えると言うことではない。言いたいことがちゃんと伝わるかということだが、外国の人には何もわからないだろう事件、それがちゃんとわかってもらえ、言いたいことが伝わる映画にするには手間がかかる。