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単騎独考

私は錆びた鉈のように鈍く生き、よく使い切った歯磨き粉のチューブのように死にたい。

自分にしかできないこと

原稿を書いて本を出すなら、自分にしか書けないことを書いた方がいい。

 

監督をして映画を作るなら自分にしか作れない映画を作った方がいい。

 

映画の製作をするなら自分にしか製作できないような映画を製作するのがいい。

 

原爆を日本に落とした祖父を持つ青年は、「あなたが監督して二人でベストピクチャーをもらえばいいですね」と言ってくれたが、「でも、それはあなたが言うべきことではないですか?」と迷わず応じた。

 

私が作れば、私が言いたいことをその素材に乗せるだろう。

 

それは私の個性であるし限界でもある。

 

私がそれをやるのなら、そういうやり方でやるだろう。

 

アメリカでも、日本でもこのことがわかっていない人がたまにいる。

 

始末が悪いのは、こういう人に限って映画の近くにいることだ。

 

このことには私自身十分な思慮を持って生きたいと思う。

 

原爆を日本に落とした祖父を持つ青年に映画が作りきれるだろうか、映画を作るのは相当な粘りが必要になる。

 

中途半端な粘りと忍耐力ではだめだろうと思う。

 

そういう粘りと忍耐力を彼が持っているかどうかはやってみなければわからない。

 

私が代わりに彼の物語を紡ぐつもりもない。

 

私は私の中から湧き出る物語を紡ぐだけで手一杯だ。

 

私が原爆を紡ぐとしたら、私の紡ぎ方でしか紡げない。

 

一つ、かなり大きなスケール感のプロジェクトの製作をするかもしれない。

 

良く考えずに、なんとなく、ピッチが成功すればやるんだろうなという気がしている。

 

どうしてやるのかといえば、それはきっと自分にしかできない製作だからだろう。